東京高等裁判所 平成9年(ネ)2459号 判決 1997年12月17日
控訴人
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
武藤春光
被控訴人
乙山二郎
右訴訟代理人弁護士
高木一嘉
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する平成六年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを二〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
第二 事案の概要及び当事者の主張
本件事案の概要及び当事者の主張は、次のとおり訂正し、又は付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
1 原判決五頁三行目の「以下」の次に「、④事件の被告を含めて、」を加える。
2 原判決六頁四行目の「「本件土地一」及」を「、それぞれ「本件土地一」、」と、同五行目の「という。」を「といい、これらの土地を合わせて「本件各土地」という。」とそれぞれ改める。
3 原判決八頁三行目の「関との間で」の次に「本件各土地を含む不動産につき」を加える。
4 原判決九頁一行目の「各訴訟」の次に「(以下「別件訴訟」という。)」を加える。
5 原判決一〇頁一〇行目の「藤井」を「藤井光栄(以下「藤井」という。)」と改める。
6 原判決一二頁五行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「なお、被控訴人の別件主張は、別件訴訟の各第一審、第二審を通じてされているのであるが、仮に第一審の段階で右の相当性があるとしても、第一審判決においてその主張に係る事実の存在が否定されていることを考慮すれば、第二審の段階での主張には、到底相当性を認めることはできない。」
7 原判決一三頁三行目の「別件」を「別件訴訟」と改め、同八行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「なお、民事訴訟手続において、第二審は第一審の続審であるから、第一審と第二審とで右相当性の判断につき区別すべき理由はない。」
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 事実の認定
事実の認定については、次のとおり訂正し、付加し、又は削除するほかは、原判決の「第三の争点に対する判断」中「一 事実認定」の記載と同一であるから、これをここに引用する。
1 原判決一六頁一行目の「三〇」の次に「、三二」を、同二行目の「四一」の次に、「、五〇、五五」をそれぞれ加え、同三行目の「四、」を削り、同行目の「一〇」の次に、「、一四」を、同行目の「一六」の次に「、三〇、三一、三九、四〇、五三」を、同行目の「原告」の次に「、被控訴人」をそれぞれ加え、同七行目の「本件土地」を「本件各土地」と改め、同八行目及び同九行目から同一〇行目にかけての各「別件被告ら」の次にそれぞれ「(山本孝広及び一寸木博文を除く。)」を加え、同一一行目の「被告ら」を「別件被告ら」と改める。
2 原判決一七頁三行目の「関タカ子(関眞の妻)」を「妻関タカ子」と改める。
3 原判決一八頁四行目の「藤井が」を「藤井に」と、同行目の「競落すれば」を「競落させ」とそれぞれ改め、同五行目の「取り壊し」の次に「、同土地上の他の建物所有者や占有者を立ち退かせて」を加え、同六行目の「藤井」を「藤井ら」と、同行目の「完済できる」を「完済したい」と、同八行目の「競売(当庁昭和四九年(ケ)第四三九号不動産競売事件)」を、「前記各競売事件の競売」とそれぞれ改め、同九行目の「藤井に対し」の次に「、本件マンション計画を説明した上」を、同一〇行目の「依頼し」の次に「、藤井はこれを了承したが」をそれぞれ加える。
4 原判決一九頁二行目の「に接続し」を「のうち」と、同行目の「面して」を「面する」と、同三行目の「を依頼され、第一回目」を「が必要となる旨を山本兄弟から聞き、深野功二に対してそのため」と、同五行目から同六行目にかけての「に反して」を「と相違して」とそれぞれ改め、同行目の「として」の次に「、前記各競売事件のうち昭和四九年(ケ)第四三九号事件につき」を、同八行目の「考え、」の次に「同事件の」をそれぞれ加え、同九行目の「協力を依頼した」を「藤井に対すると同様の依頼をしていた」と、同一〇行目の「しなかった」を「せず、異議の申立ても取り下げた」とそれぞれ改め、同行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「(四) 関は、右競売事件において、旗の台の土地のうち旗の台三丁目九四八番の四の土地は、自己名義で競売することができたが、本件各土地を含む同九四八番の一の土地(同土地は、その後の昭和五三年四月二四日に、同番一、五(本件土地一)、六(本件土地二)及び七に分筆された。)は、株式会社ラクショウが競落し、関は、これを関タカ子名義で同社から買い取ることとなった。控訴人は、亡山本英治から、関にも競落の依頼をしていたところ、関が控訴人のした前記異議の申立てのため円滑に競落することができなかったとして恨みに思っている旨を聞き、その誤解を解くため、関に連絡を取った上、昭和五二年七月二日、藤井らとともに関宅を訪ねて、右の異議申立ては関の競落を妨げるためにしたものではない旨の釈明をした。」
5 原判決二〇頁三行目の「(以下「ウイーン会議」という。)」を削り、同五行目の「一六、四一」を「四三、四五」と改める。
6 原判決二二頁二行目の「本件買戻契約書」を「以下「本件買戻契約書」という。」と、同行目の「競売」を「前記競売等」とそれぞれ改める。
7 原判決二三頁七行目及び八行目を
「7 他方、藤井は、昭和五三年四月二四日付けで旗の台の土地のうち前記九四八番の四の土地上の亡山本唯雄所有の建物(家屋番号九四八番一の九)につき、同年五月二日付けで本件土地二上の畑孝尚所有の建物(家屋番号九四八番一の八)につき、それぞれ譲渡担保を原因とする所有権移転登記を得た。このうち後者は、亡山本英治の藤井に対する債務につき畑孝尚が連帯保証をし、その担保のため同建物を藤井に譲渡するとするものであるが、その譲渡担保契約書(甲五〇)は、控訴人が関与して作成された。」と改め、同一一行目の「被告は」の次に「、被控訴人の別件主張において」を加え、同行目の「北村」を「北村富雄(以下「北村」という。)」と改める。
8 原判決二四頁一行目の「依頼した」を「依頼し、控訴人が成功報酬の約束でこれを引き受けた」と改め、同四行目から同五行目にかけての「亡山本唯雄及び」を削り、同行目から同六行目にかけての「藤井の北村の債権回収の依頼のためであること」を「藤井の案内で北村の亡山本唯雄に対する債権回収について依頼するために訪れたものと認められること」と改め、同六行目から同七行目にかけての「、北村証言はその内容が曖昧であること」を削り、同九行目の次に行を改めて次のとおり加える。
「 被控訴人は、被控訴人の別件主張において、控訴人は、同年九月一〇日、五反田の喫茶店サガでの会合において本件マンション計画の実現につき再確認をした上、その後、関に対する本件買戻契約に基づく買戻しの交渉に当たった旨を主張し、これに沿う証拠(甲九九、一〇〇の1、2、乙四三、四五、六三、証人北村)がある。しかしながら、右証拠は、他の証拠(甲六七、九一、乙一六、五六、控訴人)に照らし、また、北村の雑記帳(乙四七、四八)にその供述に沿う具体的な記載がないことに照らして、採用することができず、被控訴人の右主張事実を認めることはできない。」
9 原判決二五頁二行目の「土地及び」の次に「同土地とともに関及び関タカ子が取得した」を加え、同五行目の「福田工務店」を「株式会社福田工務店(以下「福田工務店」という。)」と改め、同八行目の「売り渡した。」の次に「福田工務店と別件原告とは、ともに福田四郎が代表取締役を務める関連会社である。」を、同一〇行目の次に改めて
「11 被控訴人は、別件訴訟を別件被告らから受任するに当たり、まず、別件被告山本房枝から事情を聴取したが、これによれば、別件原告に対して別件被告らの土地利用権を主張することは困難であり、別件被告らが勝訴するには、権利濫用的な理由によるほかないと判断した。そして、被控訴人は、そのような観点からの人的、物的資料の収集を指示し、自らも、北村や別件被告畑美枝子から事情聴取をするとともに、同別件被告から関係資料を得るなどの調査をした結果として、控訴人と山本兄弟との間にかつて旗の台の土地に関して委任関係があったとの事実主張を柱として、前記第二の一3(二)(1)ないし(5)及び(7)の主張(以下「背信的悪意者等の主張」という。)を構成し、後に、④事件の第一審口頭弁論の終結が近い段階に至って、同(6)の主張(以下「弁護士法違反の主張」という。)を独立の主張とするに至った。被控訴人の別件主張は、これらの主張を敷衍するものである。」
をそれぞれ加える。
二 民事訴訟手続における訴訟活動と名誉毀損の成立要件
我が国の民事訴訟制度は、当事者主義及び弁論主義を基本理念としている。訴訟制度の目的は、事件の真相を解明し、私的紛争の適正な解決を実現することにあり、法曹の一員である弁護士の訴訟活動も、この目的の実現に資することが要請されることはいうまでもない。しかし、当事者から訴訟代理を受任した弁護士としては、委任者たる当事者のために、その立場に立って主張・立証活動を尽くすべき責務を負うのであり、当事者双方の代理人が当事者主義と弁論主義の下にその活動を尽くすことによって、右の目的の実現が図られることが期待されているのである。そして、民事訴訟は、私的紛争を対象とするものであることから、必然的に、当事者間の利害関係が鋭く対立し、個人的感情の対立も激しくなるのが通常であり、したがって、一方当事者の主張・立証活動において、相手方当事者やその訴訟代理人その他の関係者の名誉や信用を損なうような主張等に及ばざるを得ないことが少なくない。しかしながら、そのような主張等に対しては、裁判所の適切な訴訟指揮により是正することが可能である上、相手方には、直ちにそれに反論し、反対証拠を提出する等、それに対応する訴訟活動をする機会が制度上確保されているのであり、また、その主張の当否や主張事実の存否は、事案の争点に関するものである限り、終極的には当該事件についての裁判所の裁判によって判断され、これによって、損なわれた名誉や信用を回復することができる仕組みになっているのである。
このような民事訴訟手続における訴訟活動の特質に照らすと、その手続において訴訟代理人がする主張・立証活動については、その中に相手方やその訴訟代理人等の名誉を損なうようなものがあったとしても、それが当然に名誉毀損として不法行為を構成するものではなく、相当の範囲において正当な訴訟活動として是認されるものというべく、その限りにおいて、違法性を阻却されるものと解するのが相当である。もとより、当初から相手方の名誉を毀損する意図で殊更に虚偽の事実を主張したり、訴訟上主張する必要のない事実を主張して、相手方の名誉を損なう行為に及ぶなどの場合は、訴訟活動に名をかりるものにすぎないから、その違法性の阻却を論ずる余地はない。しかし、その活動が、当事者の委任に基づき、その訴訟上の利益を擁護することを目的としてされる場合には、その主張するところにつき相当の根拠があると認められる限りにおいて、広くその正当性が認められるものというべきであり、そして、右に述べた訴訟活動の特質に照らして考えれば、その相当性が認められるためには、その主張するところが裁判所において認容される高度の蓋然性の存することまで要求されるものではなく、裁判所において認容される可能性があると考えるべき相当の根拠の存することをもって足りると解するのが相当である。
なお、控訴人は、別件訴訟の第二審でされた別件主張の相当性の判断においては、別件訴訟の第一審判決において被控訴人の主張に係る事実の存在が否定されていることを重視すべき旨を主張する。しかしながら、第一審判決の存在を右相当性の判断における一つの事情として考慮すべきこと自体は、これを否定することができないけれども、民事訴訟手続における第二審は、第一審の続審として、当該請求の当否につき更に審理をするものである上、第一審において主張したところを引き続き第二審において主張することは一般的に行われているところであるし、また、その限りにおいては、名誉を損なう事実が新たに摘示されるわけでもないのであるから、右相当性の判断に関する考え方において、第一審と第二審とで基本的に異なるところがあるとはいえないというべきである。
三 被控訴人の別件主張について
1 前認定の事実に照らすと、別件訴訟は、本件各土地を取得したと主張する別件原告が同土地上に建物を所有するなどしてこれを占有している別件被告らに対して建物の収去及び土地の明渡しを求めたものであるところ、被控訴人の別件主張中の背信的悪意者等の主張は、別件被告らの委任に基づきその利益を擁護するため、訴訟追行上必要な主張であったということができる。そして、控訴人の指摘する被控訴人の別件主張における具体的な事実の指摘や証拠評価の主張は、基本的に、この必要な主張を支える目的でされたものと認めることができるのであり、訴訟追行上必要のない事項を主張するものであるとか、殊更に控訴人の名誉を毀損することを目的としてされたものであるとは認められない。
また、被控訴人は、弁護士法違反の主張を独立の主張として追加しているが、その主張の基礎となる具体的事実は、背信的悪意者等の主張の中で既に摘示されているところであって、それらの事実主張を踏まえて、弁護士法二五条一号及び二号の規定の当てはめの主張が付加されているにすぎないということができる。控訴人は、弁護士にとって、弁護士法違反とか弁護士倫理違反を指摘されることの不名誉の重大性を強調する。しかしながら、右のとおり、弁護士法違反の主張の基礎となる具体的事実の指摘は、背信的悪意者等の主張の根拠として主張されているところと重なるのであり、これに付加されているのは法的評価にすぎない上、確かに、弁護士にとって弁護士法違反を指摘されることの不名誉の重大性は指摘のとおりであって、軽々にかかる主張をすべきでないことはいうまでもないが、しかし、不名誉の重大性の程度において、弁護士法二五条一号及び二号違反の指摘を犯罪行為その他の破廉恥行為の指摘と同視して論ずることも、相当ではない。
なお、被控訴人の主張は、前認定のとおり、山本兄弟と控訴人との間にかつて旗の台の土地に関しての委任関係が存在したことを柱とするものであるところ、別件訴訟が山本兄弟の死亡後に提起されたものであることから、別件被告らの側のこの点に関する立証は、残された書類や間接的な人的証拠に依存せざるを得ないとの事情があったことをも考慮する必要がある。
そこで、以上に述べたところを前提として、被控訴人の別件主張に前項に述べた趣旨における相当の根拠が存すると認められるかどうかについて検討する。
2 控訴人の指摘する被控訴人の別件主張の内容は、多岐にわたるが、これを整理すると、大略、次のように分類することができる。
① 控訴人と山本兄弟の間に、昭和五二年ころ、本件マンション計画の実現に関して委任関係が成立したこと。
② 控訴人は、昭和五六年六月ころ、亡山本唯雄から、本件買戻契約に基づく関に対する交渉について委任を受け、同年九月ころには、関係者が集まった会合において本件マンション計画の実現を再確認した上、その後、関に対する買戻交渉に当たったこと。
③ ところが、控訴人は、その後、関の利益のために行動するようになり、関から別件原告への旗の台の土地等の前記売買には別件原告の代理人的立場で関与したこと。
④ 亡山本唯雄が控訴人を信頼してその財産の一部の管理を任せたこと。
⑤ 控訴人は、関や藤井に虚偽の陳述をさせて、黒を白にしようとする行為をしていること。
そこで、以下、それぞれの点について判断する。
(一) ①から④までについて
(1) ①について
前認定の事実によれば、控訴人は、藤井が山本兄弟らに対して有する債権の回収につき藤井からの受任者の立場にあったところ、本件マンション計画は、その債権の回収に資するものであることから、藤井からの受任者の立場において、その計画に関わりを持ったものであることが認められるのであり、控訴人が山本兄弟又は別件被告らから同計画の実現について委任を受けたことを認めることはできない。
しかしながら、前認定のとおり、本件マンション計画は、藤井の右債権回収に資するものではあるが、直接的には、山本兄弟の発想に係る同兄弟の利益のためのものであるところ、控訴人は、同計画に関する昭和五二年四月二九日及び昭和五三年三月ころの各会合に出席していること、控訴人は、同計画の実現に資するため、丸高質店の深野功二に対して立退交渉に備えての挨拶に赴いていること、控訴人は、同計画の実現のため、藤井による旗の台の土地の競落を実現する目的で、同土地の競売事件に関し別件被告らの一人である山本行生名義の委任状を取り付けたことがいずれも認められるのであり、これらの事実を個々に見れば、控訴人が、同計画の実現のため、その主導者である山本兄弟のために行動していることを窺わせるものということができる。加えて、藤井は、弁護士は専ら控訴人に委任していた旨を供述している(乙一六)ところ、亡山本英治が代表取締役であった株式会社インクリーズの出納簿(甲三五、乙一二の13)の昭和五一年一二月二一日の欄に「藤井 弁護士」として二〇万円を支出した旨の記載があること、亡山本英治の控訴人あて昭和五二年六月一一日発信の信書(甲三四の1、2)には「何時も大変お世話になっております。」に始まり、「これ以上の費用のかかる事は……中止して戴きたい。」旨の記載があることがいずれも認められ、これらの記載も、それ自体を見れば、亡山本英治と控訴人との間に何らかの委任関係があったことを窺わせる資料ということができる。
このような事情に照らせば、被控訴人がした①に関する主張には、相当の根拠があったということができるのであり、被控訴人がこの主張を柱として背信的悪意者等の主張を構成したことは、前示の正当な訴訟活動の範囲内に属するものということができる。
(2) ②について
被控訴人は、その別件主張において、亡山本唯雄が昭和五六年六月一一日北村とともに控訴人の事務所を訪問して本件買戻契約に基づく関に対する交渉を依頼し、控訴人がこれを引き受けた旨及び控訴人は同年九月一〇日五反田の喫茶店サガにおける会合に出席し、本件マンション計画の実現について再確認をした上、その後、本件買戻契約に基づく関に対する交渉に当たった旨を主張しているところ、これらの事実を認めることができないことは、前示のとおりである。
しかしながら、被控訴人のこれらの主張に沿う証拠として、亡山本唯雄の東京弁護士会綱紀委員会あての「告発の主旨」と題する書面(甲六八の2)、別件被告畑美枝子の供述証拠(甲九九、乙四三、四五、六三)、北村の供述証拠(甲一〇〇の1、2、証人北村)が存するところ、これらの証拠が結局において採用することができないのは、前示のとおり、他の証拠との対比における総合判断の結果によるものであって、前示のとおり、①に関する主張に相当の根拠があると認められることと併せて考えると、これらの証拠は、被控訴人が②に関する右主張をするについての前示の趣旨における相当の根拠と認めるに妨げないというべきである。
(3) ③について
旗の台の土地及び同地上の建物の関から福田工務店及び福田工務店から別件原告への各売買契約について、控訴人が関与していないと認められることは、前示のとおりである。
ところで、この点に関する被控訴人の別件主張は、控訴人が山本兄弟から本件買戻契約に基づく関に対する交渉を受任したとの②に関する主張を前提としつつ、その契約の趣旨に真っ向から反する関から別件原告への売却(右のとおり当該売買契約は福田工務店を介して二段階で行われているが、福田工務店と別件原告が代表取締役を同一人とする関連会社であることは前認定のとおりであるから、実質的には、関から福田工務店ないし別件原告への一つの売却行為ととらえることができる。)がされ、そして、控訴人が別件原告の訴訟代理人となって別件被告らに対する別件訴訟を提起したとの事実があることから、他の間接的事情をも踏まえて、そのように推認することができる、との形でされている(原判決別紙「名誉毀損の不法行為に該当する主張」一、五及び九10)。
そして、この推認に関わる間接的事情として、藤井は、平成五年一〇月一八日、前認定のとおり、畑孝尚から譲渡担保として所有権移転登記を得た本件土地二上の建物(家屋番号九四八番一の八)を別件原告に対し一億一〇〇〇万円という高額の代金で売却したが、控訴人は、その契約に立会人として関与していること(甲一三〇、乙四〇)、北村は、亡山本唯雄の債権者である本島武治に渡っていた本件買戻契約書の原本を控訴人が取り戻して所持していると聞いている旨の供述をしており、被控訴人は、永井治雄(以下「永井」という。)からその旨を直接聞いたこと(甲一〇〇の2、乙五三、証人北村、被控訴人)、藤井は、弁護士は専ら控訴人に委任していた旨を供述している(乙一六)ところ、藤井は、畑孝尚との会話の中で、弁護士に聞いたら本件買戻契約書を持っていることは裁判になれば強いとの趣旨を述べたことがあること(乙一七)等の事実が認められることにかんがみれば、被控訴人の③に関する右主張は、いささかの飛躍のあることを否定することができないにしても、あながち根拠のない推論ということはできず、なお前示の趣旨における相当の根拠がないではないといって妨げないというべきである。
(4) ④について
控訴人が亡山本唯雄からその財産について管理を委任されたとの事実を認めるに足りる証拠はない。
ところで、この点に関する被控訴人の主張は、具体的には、前記一7で認定した亡山本唯雄所有の建物及び畑孝尚所有の建物についての藤井への所有権移転登記について、そうすることが旗の台の土地の所有権を取得した関からその地上のこれらの建物を守る方便であるとの藤井の勧めによるものであり、これに藤井の代理人の立場にあった控訴人が関与していたとの主張(原判決別紙「名誉毀損の不法行為に該当する主張」七2及び3)を総括したものであることが、被控訴人の別件主張の趣旨から認められる。
しかるところ、前記一7で認定したように、畑孝尚所有の建物の所有権移転については控訴人が関与しており、亡山本唯雄所有の建物についての所有権移転もそれと同じころにされていること、亡山本唯雄作成の「告発の主旨」と題する書面(甲六八の2)には、「同敷地内にある工場45.9平方米を関から守る為として所有名義を藤井光栄に変え守っていたが、関と甲野と共謀し、更にこの建物を福田工務店に売り渡し」との記載及び「何があっても他から守ってやると藤井と甲野が工場に来て担保設定をした。然るにそれから間もなく執行官と、藤井、甲野が機械を持ち出され」との記載があること、亡山本唯雄の門上弁護士あての信書(乙三八)にも、同趣旨の記載があることに照らせば、これをもって「財産の一部の管理を任せた」と総括することには、いささか飛躍があることを否定し得ないにしても、被控訴人の右の主張には、前示の趣旨における相当の根拠があるというに妨げないというべきである。
(5) 以上にみてきたように、被控訴人の別件主張のうち、①から④までに関する主張は、反対証拠との対比上これを認めることができないのであり、その故に、別件訴訟の第一審判決では、被控訴人の主張した抗弁が容れられず、別件被告らの敗訴に終わっているのであるが、被控訴人は、別件被告ら及びその関係者の供述証拠だけでなく、いくつかの関係証拠書類のほか、第三者的立場にあったというべき北村や永井らからも事情を聴取し、これらの資料に依拠してその主張を構成したのであり、その意味において、前示のとおり相当の根拠を有するものということができるのである。もっとも、被控訴人は、これらの資料の持つ意味や信憑性等について他の関係者から事情を聴取し、反対の証拠を吟味するなどに多く意を用いることなく、これらの資料の別件被告らに有利な側面のみをとらえて主張を構成・展開し、かつ、その推論においても、いささか独断的とのそしりを免れないところが少なくない。しかしながら、別件訴訟に至る事実経過として被控訴人が最も重要であると考えた本件マンション計画や本件買戻契約に関する経緯について、これに直接関与した関及び藤井が別件訴訟追行当時には別件被告らと対立する立場にあったのに対し、別件被告らの側でその直接の渉に当たった山本兄弟が別件訴訟提起前に死亡していたことから、山本兄弟らが残した資料その他間接的証拠によってこれに対抗するほかなかったとの事情を考慮すれば、被控訴人の右①から④までに関する主張の構成・展開は、名誉毀損による不法行為の観点からみるときは、いまだ訴訟活動として許容される範囲を逸脱するというまでには至らないものというべきである。
(二) ⑤について
控訴人が関や藤井に虚偽の陳述をさせてむりやり黒を白にしようとする行為をしている旨の⑤に関する主張の具体的内容は、原判決別紙「名誉毀損の不法行為に該当する主張」九5から9までに記載されているところであって、その主要点は、昭和五三年三月ころの荏原町の喫茶店ウィーンでの会合及び昭和五六年九月の五反田の喫茶店サガでの会合への控訴人の出席のいかんに関し、関に虚偽の書面を提出させ、藤井に虚偽の供述をさせた、との点にある。すなわち、被控訴人の右⑤に関する主張は、控訴人が別件訴訟の追行に当たって控訴人自身の行動に関して積極的に訴訟関係人に虚偽の書面を作成させ、又は虚偽の供述をさせて虚偽の証拠の作出に関与したとするものであって、被控訴人の前記①から④までに関する主張とは、様相を異にするものである。
そこで検討するに、証拠上、控訴人の喫茶店ウィーンでの会合への出席はこれを認めることができるが、控訴人の喫茶店サガでの会合への出席はこれを認めることができないことは、前示のとおりである。そこで、まず、この点に関する関の供述証拠を見てみると、同人は、別件訴訟の証人尋問(乙六の1、2、七)において、控訴人と喫茶店ウィーンで会ったことがあると証言する(その時期は、本件買戻契約書作成より前の時期であるという。)一方、控訴人と五反田の喫茶店で会ったことがある、その際控訴人は中座したとも証言しているところ、その証言後、控訴人は、関に対し、「事実証明願」と題する書面を送付して関の回答を求め(甲八六、乙五五)、その中で、控訴人は、「(控訴人が昭和五二年七月二日に関宅を訪問したことを含めて)貴殿にお会いしたのは二回だけと記憶しているがいかがか。」との質問をして「そのように記憶している。」旨の回答を、「二回目は昭和五三年四月ころまでの間の五反田の喫茶店での会合で、当職は二〇〜三〇分で退席したが、いかがか。」との趣旨の質問をして「日時は定かではないが五反田の喫茶店で会合した。控訴人は途中で退席した。」との回答をそれぞれ得たほか、昭和五六年秋ころ五反田の喫茶店サガで控訴人及び関らが会合したとの北村の証言を偽証であると指摘した上で、関の記憶を問い、「五反田の喫茶店での会合は先に述べたとおり」との趣旨の回答を得ていることが認められる。次に、藤井は、その陳述書(甲三二)において、「昭和五六年九月一〇日に喫茶店サガで会合し全員が控訴人に委任したとの別件被告らの主張は、完全なつくり話である。」旨を記載する一方、その後に行われた別件訴訟における本人尋問(乙一六)においては、喫茶店サガでの会合に控訴人が出席したことがある旨を述べていることが認められる(もっとも、右本人尋問での喫茶店サガの会合は、昭和五二、三年のこととして述べられているものであるから、客観的には、両者の間に矛盾はない。)。
被控訴人は、このような事情にかんがみ、殊に関の供述証拠に関しては、別件訴訟における証言と「事実証明願」と題する書面に対する回答における陳述との間に外形上相反するところがあるから、右「事実証明願」と題する書面及びこれに対する回答の作成時期及びその内容に照らし、また、藤井の供述証拠に関しても、前記のとおりこれと相対立する北村の供述証拠(甲一〇〇の1、2、証人北村)が存在すること、藤井の陳述書がその外形上(甲三二は、控訴人作成に係る甲三一との関係において作成されている。)控訴人の求めに応じて作成されたものと認められることなどから、これらの作成に控訴人の何らかの関与ないし働き掛けがあったのではないかと推測し、前記のような主張に及んだものと解される。しかしながら、これらの推測は、客観的な根拠に基づくものとは到底認めることはできないし、また、前記のような事情及び事実から直ちに、控訴人が別件訴訟の追行に当たって、関及び藤井に虚偽の書面を作成させる等して虚偽の証拠の作出に関与したと推測し、これを断定的な表現をもって訴訟上主張することは、その推論に飛躍がありすぎ、かつ、その「黒と白」等との表現も著しく穏当を欠くものといわざるを得ず、いかにその主張の目的とするところが被控訴人の主張に沿う証拠の信用性を強調するにあったにしても、前示の趣旨においても相当の証拠があるものと認めることはできず、訴訟活動として許容される範囲を逸脱しているものといわざるを得ない。
3 よって、被控訴人の別件主張中、前記①から④までに関する主張は、控訴人に対する名誉毀損としての不法行為を構成しないものといわざるを得ない。しかしながら、前記⑤に関する主張は、控訴人の名誉を毀損するものであり、控訴人がこれにより被った精神的苦痛を金銭をもって慰謝するには、五〇万円が相当である。
四 被控訴人の本件供述について
被控訴人の本件供述は、被控訴人が永井に対して事情聴取をした際の永井の陳述内容について供述したものの一部分であるところ、証拠(甲一〇〇の2、乙五三、証人北村、被控訴人)によれば、被控訴人は、平成三年三月ころ、別件被告山本房枝を介して永井に会い、事情聴取をしたのであるが、その目的は、永井が昭和五七、八年ころから亡山本唯雄の依頼により旗の台の土地に関する問題に関与するようになったと考えられるところから、その関与当時の同土地を巡る諸事情を聴取すること及び北村の供述によれば亡山本唯雄の債権者である本島武治に渡っていた本件買戻契約書の原本を控訴人が取り戻した旨を永井が話していたとのことであったことから、その点を永井本人に確認することにあったと認められる。
そこで、考えるのに、まず、被控訴人の本件供述中原審第一三回口頭弁論期日における供述(原判決第二の一5(一)記載の供述)は、被控訴人訴訟代理人の主尋問に対し、右の点に関する永井の陳述内容につき順次供述した後、主尋問の終わりの階段において、同代理人の「ほかに永井はどのようなことを話していたか。」との質問に対応して供述したものであって、尋問全体の流れからみて、被控訴人の永井からの事情聴取の信用性を基礎付ける趣旨から、永井の陳述の全体をありのままに述べるとの意図に出たものにすぎないと認められる。しかも、その供述内容自体、「藤井が控訴人に報酬の担保として預けていたワリコー二五〇〇万円分を喰われた。」というもので、その意味するところは多様に解する余地があり、それだけで控訴人の違法な行為を指摘するものというには至らない。
次に、被控訴人の本件供述中原審第一四回口頭弁論期日における供述(原判決別紙記載の供述)は、主尋問に対する控訴人の反対尋問において右供述の趣旨及び目的について繰り返し追求されたため、被控訴人の理解したところを答えたものであって、その結果、「返してもらえる権利があるのに取られたということだと思う。」、「控訴人の悪性の例」などの供述をするに至り、よって、控訴人の名誉に関わる供述内容となったのであって、控訴人からあえて答弁を求められた以上、これに対して自ら理解したところを供述することは、やむを得ないことというほかない。
甲一六一の1において、永井は、被控訴人の右供述を事実無根であるとしているが、控訴人が藤井からワリコー債券二五〇〇万円分を預かっていること自体は控訴人の自認するところである(甲一六二)ところ、被控訴人が永井の陳述以外の方法でそのことを知り得たと考えることはできないから、永井から右陳述を得たとの被控訴人の供述は、これを信用するほかないところであって、甲一六一の1は、採用することができない。また、甲一六二において、控訴人は、控訴人が藤井から当該ワリコー債券を預かった趣旨は、藤井に対する貸金の担保のためである旨を述べるが、そのとおりであるとしても、被控訴人の供述のとおりの永井の陳述があったものと認めるべきである以上、右判断に影響を及ぼさない。
よって、被控訴人の本件供述が控訴人に対する名誉毀損として不法行為を構成するとの控訴人の主張は、採用することができない。
五 結論
以上のとおりであるから、控訴人の本件請求は、五〇万円及びこれに対する不法行為後の日である平成六年四月二五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべく、これと異なる原判決は一部不当であるから変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石井健吾 裁判官濱崎恭生 裁判官星野雅紀)